1日限定 「コミュニティの教室」 開講しました!  

はじめに

授業の様子

 公共スペースなのに、ビルの奥の閉ざされた空間だったり、ホームレスが居座るから、若者がたむろすから、などの理由でベンチが撤去されたり、マンションやビルの1階がエントランスだけの冷たい空間になってしまったり。なんだか「まち」が殺風景になってしまったと感じることはありませんか? 第24回ソーシャルイノベーションセミナーは特別編として、建築コミュニケ―タ―の田中元子さんにお越し頂き、「マイパブリックとグランドレベルによるまちづくり」について1日限定の授業を開きました。公共の場だから、トラブルを避けるため禁止事項が増えていく。対価が生じるから、お店の人がムリをしたりお客さんが無茶なクレームをつけたりする。元子さんは、そんな息苦しいまちづくりや関わり方ではなく、気が向いたときに自分自身が「公共」となってふるまう「手作りの公共=マイパブリック」を実践提唱しています。さらに、まちの「グランドレベル=1階」はパブリックとプライベートの交差する“人々の居場所”であり、1階が活性化するとまちは面白く元気になるというビジョンを持ち、まちの家事室「喫茶ランドリー」を運営しています。今回は、まちが活きる、人が活きる、そんなステキな国内外の事例を交え、たっぷり2時間、お話頂きました!

まちとは「グランドレベル=1階」

 まちって何でしょう?自然に人々の目に入る風景である1階こそがまちの印象、活力を作り上げる。これが田中さんの持論です。みなさんは、キレイだけどコンクリートの壁ばかりが目につくまちと、1階に人が居て、ベンチがあって、人々の会話があるまちと、どちらで暮らしたいですか?私は断然後者です。人が見えること、人と会話することは、時には面倒くさいと感じることもあるでしょう。でも、家の外の世界っていわゆる「社会」ですよね。どんな社会と繋がりたいかと考えたら、やはり人が見えて、一息つける自分の居場所がある社会なんだと思います。
 元子さんが、WHO「健康の定義」を使って、グランドレベルが社会的な存在になり得ることを説明してくれました。

「健康とは、肉体的、精神的および社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない。」

社会的福祉の状態とは、社会とのつながりがあること、社会とつながっていることが実感できることである、と考えると、グランドレベルが、人々が居ることができる、あいさつし合える、交流できる、自由に使いこなせるスペースになれば、人々の社会的福祉、すなわち健康の一部を担うことができるのではないか??
その具体的な実証の場として誕生したのが、「喫茶ランドリー」です。(後述します!)

ベンチは天才!!!

うっかりくつろいでしまう、居場所となる、そんなまちにするには、目に見えるまちのデザイン、仕掛けがとても重要。

  1. よい景色が楽しめる
  2. グランドレベルが賑やか
  3. 座る場所が沢山設けられている

だから、元子さんが挙げたまちづくりの事例には、必ずベンチが登場します。いまさらベンチ??と思うことなかれ。
元子さんいわく、ベンチは最小単位の居場所、一周まわって新しい!まちの中に最も素早く、最も簡単に、あまねく人々の居場所を作ることができる天才的な装置なのだそう。思わず納得です。

ベンチ活用事例

  1. 絵画にしたい風景のまち  デンマーク/オーフス
  2. (画像:TopTripデンマーク より)

     デンマークの観光都市・オーフスは、面積・人口でみると茨城県大洗と同等なのですが、お祭りなどの特別な日でなくてもまちに人がで座っててゆっくりとくつろぐ風景をみることができるそうです。実は昔は川がふさがれ、車が通っていたのですが、川を元に戻し、ベンチやベンチの代替となる構造を作り、かつ安全を保ちながら水面に近づくことができるようにするなど、意図的に人が滞留する、くつろげる設計を施したのです。日本はリスクヘッジや効率化を重視したまちづくりが多いので、こんな風景が羨ましいですね。

  3. シティベンチ・プロジェクト   アメリカ/NY
  4.  ニューヨーク市が2011年にはじめたベンチ設置プロジェクトで、2019年までにいまより2000個ベンチを増やすというもの。高齢者が多いエリアなどを行政主導でマッピングしながら、ウェブ上で住民から設置希望場所を吸い上げるという画期的な取り組み。すでに2000個設置をクリアしているそうですが、まだまだ増やす予定とのこと。なぜニューヨークはこんなにベンチを設置しているのでしょうか?それは、アメリカでも問題になっている増え続ける医療費への対策なのです。沢山歩いて健康になってもらう。それは日本でも同じ考え方でしょう。でも、いざまちにでても休憩する場所がなければ遠くまで出かけることをためらう人は高齢者も含め沢山いるはず。200mごと、100mごとにベンチがあったらどうですか?ちょっと遠出にもチャレンジしますよね。さすがニューヨーク。道は歩くものだからとか、管理が大変だとか、ホームレスが寝るからだとか、やらないための理由を並べてベンチを置かない日本のまちづくり、施設づくりとは大違いですね!

    (画像:ニューヨーク市HPより)

マイパブリックという第三の趣味

 元子さんは、ご主人と一緒に立ちあげた会社の事務所に、事務所に通うモチベーションとして事務所にバーカウンターを設置し友人にお酒をふるまいだしました。今日は誰が来るかな?どんなお酒が好きかな?おつまみはどうする?など考えるだけでとても毎日とても楽しかったそうです。何の見返りも求めない、数字に追われない、バ―カウンターでのふるまい。この手作りの小さな公共、すなわちマイパブリックは自分にとっての趣味に違いない!と確信した元子さんは、友人だけではなく、見知らぬ沢山の人々にふるまいたいと思うように。パブリックであるからには沢山の人の目に触れる場所でなければならい。目に飛び込んできたのは、まちの1階。元子さんの中で「マイパブリック」と「グランドレベル」が交差したのでした。
 事務所を1階へ移すかわりに、ミニ屋台を作ってまちでコーヒーをふるまいだした元子さん。最初は怪訝な顔で人が通り過ぎるだけでしたが、どこにでもいる好奇心をパトロールするおじさん(笑)に発見されたことをきっかけに人が集まりだし、屋台とコーヒーを通じてまちの人達が交流するという、ワクワクする体験をしてしまうのでした。たった一人でも公共ができる!マイパブリックという趣味が社会性を持った瞬間ですね。
 元子さんは、マイパブリックを極めたいと思いはじめた矢先に知った「A.アドラーの“幸福”三原則」を、趣味論に置き換え、「田中元子の“趣味”三原則」としました。

A.アドラーの「幸福」三原則

人が幸せだと感じるのに必要な3つの要素

  1. 自分を好きである
  2. 他者を信頼できる
  3. 社会や世の中に貢献できる・役に立っている

田中元子の「趣味」三原則

人が幸せだと感じるのに必要な3つの要素

  1. 自分を満たす趣味
  2. 他者と楽しむ、交流する趣味
  3. 社会や世の中に貢献できる・役に立てる趣味→第三の趣味

前述した健康の定義/社会的福祉と合わせて考えると、マイパブリックとグランドレベルが交差することによる社会性は明快です。

マイパブリッカ―のご紹介

元子さん以外にも、マイパブリックを楽しむ方々が沢山います。元子さんセレクトのとっておきマイパブリッカ―をご紹介します。

No.1 上野公園の淳さん

元美術教師。カスタマイズしたマイじょうろに入れた水で、公園の砂に絵を描き子ども達を楽しませている方。
子ども達が喜んでくれるのが何よりの楽しみなんだとか。

(画像:Hatena Blog 小林の日記20180206より)
No.2 自宅前に灰皿を設置した根岸さん
自宅の植え込みにタバコのポイ捨てが散見。禁止のビラを貼るのではなく、なんと自宅前に灰皿を設置。
近隣のスモーカーが集まる賑わいスポットに。輪の中心にいるのはいつも根岸さん。根岸さんはオシャベリが大好きなのにも関わらず、病気療養中の旦那さんを抱え、あまり外出ができなくなったが、灰皿が私設社交場のフックになりました。
No.3 アスク・ア・パペット

NYの公園に不定期に現れる、「FREE ADVICE」のサインを掲げ、パペットを片手に人生相談に答える女性。パペット、ぬいぐるみなど擬人化されたものに対して本音を言いやすいという心理を捉えた、新たな癒し。

(画像:Ask A Puppet フィスブックページより)

喫茶ランドリーの誕生

 元子さんは、「1階づくりはまちづくり」という理念を掲げ2016年に株式会社グランドレベルを設立。ある日、墨田区の倉庫街にある古いビルの1階の活用を依頼されます。マンションが急激に増え住宅街という顔も持ち始めたものの、倉庫街だった時代と比べ、人を見かけることが少なくなってしまったまち。この1階がまちに開かれた存在になることで、人が見える、人が交流する景色が生まれるのではないか。そんな思いから生まれたのが「喫茶ランドリー」です。
 多様な人が気楽に訪れることができるよう、カフェスペースに加え「まちの家事室」と称しランドリーやアイロン、ミシンを設置したスペース、フリースペースを設けています。お店の中には、ご近所の方が持ち込んだ中古レコードや手作りアクセサリーの販売コーナーや、たぶんご近所さんのお手製ドライフラワーが飾りつけてあったり。喫茶、カフェというお店のしつらえとはずいぶんことなります。そう、ここは、元子さんが目指していた私設公民館なのです。だから、訪れる人が自由に使っていい。

人の能動性を発露させる補助線

「自由に使っていいですよ。」と言われても、「自由こそが不自由」という名言もあるくらい、いざとなると何も思いつかない。でも、何かを思いつく仕掛けがあれば、そこから発想を広げていける。つまり、人の能動性を発露させる補助線が必要。ここのコンセプトは○○です。インテリアは▲▲で統一しています。20代女性をターゲットにしています。そんな制約、住み分けは一切つくらず、だけど、ミシンや大きいテーブルがあったり、何か人の想像力、やってみたい感を刺激する、それが喫茶ランドリーの仕掛け、補助線です。
 喫茶ランドリーでは、オープン半年で100回以上のイベントが開催され、その全てがまちの住民やビジネスパーソンが企画したものだそうです。ひたすらミシンを教えるイベント、写真部の写真展、電子ピアノを持ち込んだ歌声喫茶、ヘアアレンジ会、・・・どれもユニークなものばかり。
 イベントを行っていない時でも、多様な人々が多様な目的で喫茶ランドリーを訪れます。ミシンの前で毎週待ち合わせミシン談義をするご婦人達や、ランドリールームで子どもを集めて何やらごそごそする青学の若い数学講師。この講師は実はマイパブリッカ―で、数学的なおもちゃを広げて子ども達に遊ばせ、子供に不思議やなぜ?問いかけのきっかけを作るのが何よりの楽しみなんだそうです。
 クリエイタ―やプロフェッショナルでなくていい。まちにおいてはすべての人が等しくプレイヤー。個々が活き活きと感じやりたいことを表出させる姿が大切。そんな思いで、まちづくりに関わっていると、元子さんは授業を締めくくりました。

会場の熱気がさらに高まった「質問コーナー」

Q:なぜ金髪??(これは田中さんがよく聞かれることなんだそうです 笑)

A:増えてきた白髪を隠したい、というのも1つの理由。まちを歩く人も、まちの景色を作る一員だから、ダサくいたくない!派手な格好をしていると、皆に面白がってもらえる・皆と楽しめることができる。自分がただ踊るよりも、みんなが寄ってきて一緒に踊ってくれることが何より!(田中さん自身が補助線なんですね)

Q:喫茶ランドリーにランドリーしに来る人はいる??

A:います!お客様全体の15%くらい。ただし、コイン式全自動洗濯機ではないので、そうそう常に洗濯機が回っているわけではない。でも洗濯機は、私設公民館としてのフックとして考えているから、常に稼働していなくても満足している。

Q:田中さんの感覚に近くて「同志」と思える人や場所はある??

A:1つめは、同じまちの『レコードコンビニ』
喫茶ランドリーから700mくらい離れた場所にある、昔ながらのヤマザキショップ。息子さんが切り盛りするようになってから、店にギターを飾り、常連さんがギターを引き出すようになっていき、それにつれて息子さんが窓際にレコードジャケットを飾り、どんどんマイパブリックを表出させるようになってきた。そうなると、どんどん音楽に興味のある見ず知らずの人もどんどん店を訪れるようになり息子さんのマイパブリックがエスカレート。パン置き場をDJブースにしつらえ、DJナイトを開催。ただし、店内はイベントで貸し切りにはせず、コンビニとしても通常営業!!
彼らは自分たちが楽しみながら、コミュニティを開放し新参者も受け入れてくれる姿を見せてくれ、いろんな意味で参考にしている仲間。

(画像:レコードコンビニYショップ上総屋HPより)

2つめは、300mくらいのところにある立ち飲み屋。(昼間は活版印刷屋)
飲みながらギターを弾いたり、レコードコンビニの常連さんを中心にここでもDJイベント仕掛けたり。音楽好きは空間ジャックが大好きなのね。

3つめは、3Km離れた『黄金屋』という銭湯
あちこちでのDJイベントに味をしめ??銭湯でもレコード市を開催。風呂場で演奏、脱衣所で持ち寄りレコードの販売会。なぜ銭湯?理由なんかなくて、オモシロイことが大好きな人達だから。

(画像:黄金湯HPより)

Q:最初に一緒に踊ってくれる人は、踊っているうちに現れる??

A:踊るときは、そんなに上手くないほうがいいのかも。すごく上手いと周りの人は恐れ多くて鑑賞するしかなくなっちゃう。
店のしつらえも同じ。次の踊り子さんが現れるくらいの難易度がよいよ。

Q:コミュニケーションで大切にしていることは??

A:「優しくしてくれてありがとう」と言われる時は、相手が自分が優しくしたいと思えるような振る舞いとしていて、かつ自分の感情が整って状態がよいとき。お互いのたたずまいや心持ちのタイミングが大切。今日、皆さんが楽しんでくれているのだとしたら、お互いの環境が整っているのだと思う。

Q:喫茶ランドリーはスペースを使うのにレンタル料はかかる??

A:実はスペースレンタルが収益の大黒柱。喫茶とランドリーの儲けはちょっとづつ。必要なスペースだけ小分けして使うことができるランドリーのやり方がまちの皆さんのニーズに合っているので、頻繁にご利用頂いている。

Q:人が集まるようになったことでまちの変化は??

A:さきほどの例のように、常連さん達をきっかけに、まちを自由に楽しく使うことが飛び火している。

Q:本業のカフェ屋が断るような立地でのカフェ営業に苦労はない??

A:カフェを主目的としたお店だったら厳しかったと思うけど、コーヒーも洗濯機も私設公民館のフック。極力メニューを少なくしバイトのママちゃん一人でも対応できるようにしている。設備投資、人件費も抑えられている。

Q:江東区界隈に国内外の有名コーヒー店が乱立している。こんなブランド的まちづくりをどう思う??

A:まちを盛り上げるやり方はいろいろある。喫茶ランドリーを始めたきっかけは決してポジティブではなかったが、結果的に暗いまちに灯りがともったということは、そのまちに暮らす人の風景を明るくしたということ。それだけで意味がある。
 お店1軒でまちを変えるのはとても難しいけど、喫茶ランドリーを訪れた人から、「こんなまちで暮らしたい」という感想をよく聞くのでそこは純粋にうれしい。

Q:喫茶ランドリーの補助線に引っ張られて沢山の人がイベント開催しているが、補助線として気をつけていることは??

A:繰り返しになるが、上手く踊れると思っても、上手く踊りすぎないこと。「あなたはどうしたい?あなたを見せて!」という気持ち。自分を見せたい、見て欲しいでという人は難しいかな。補助線に引っ張られてできたことでも、結果として補助線の存在を忘れてしまうような補助線のあり方がベストだと思っている。田中のことなんて知らないお客さんがどんどん増え、4人いるバイトのママちゃん達それぞれにファンがついていることもその一つ。とても嬉しい。

質問コーナーが終わっても、田中さんともっとお話したい!という方が沢山残ってくださる、ステキな時間でした。
講師を務めて頂いた元子さん、ご参加頂いた皆さん、素晴らしい授業にして頂きありがとうございました!