第16回青山ソーシャル映画祭を開催しました!  

 3月29日(水)、青山ソーシャル映画祭にて震災後の福島の想いを伝えるドキュメンタリー映画「Life」を上映しました。世間では、「福島」といえば、「原発」「放射能」をまっさきに想い浮かべる方がほとんどではないでしょうか?  監督の笠井さんにお会いするまでは、私もその一人でした。原発・放射能に隠れてしまい、報道されることもない「福島の津波被害」で亡くなった1,800人余りの方々とその遺族の皆さんの想いを、この作品を通じて、多くの方に共有したい、それがこの作品を上映した理由です。笠井監督には、上映後、上野さんとの出会いや絆、現在も行方不明者の捜索活動を行う福興浜団の活動などについてお話を伺いました。

 2011年3月11日。津波に見舞われた福島県南相馬市。消防団員の上野敬幸さんは、両親と子ども2人を津波に流され、必死に家族の姿を探していました。その最中、22km先にある福島第一原発が爆発。原発事故による避難指示のため、南相馬市をはじめ多くの地域では、震災から数カ月間、消防や警察による行方不明者捜索や遺体の回収などが行われることはありませんでした。妊娠中の奥様を原発の影響が少ないいわきへ避難させたため、奥様は長女のエリカちゃんの遺体に対面することができないまま、遺体は荼毘に付されました。上野さんは、「原発事故がなければ、奥様は最後にエリカちゃんを抱きしめることができはず」と、日に日に強くなる東京電力への怒りを抱えながら、3歳の長男、コウタロウくんを見つけ出すため、必死で捜索を続ける毎日を過ごしていました。しばらくたち、ともに捜索を行う仲間と一緒に向かった“帰還困難区域”の大熊町。そこで、津波で流された二女をたった一人で探し続ける木村さんに出会います。「福島にも津波の行方不明者がいる」本来なら想像にたやすいこの事実は、原発事故によって、世間の人々の知るところとはなりませんでした。行方不明の娘を探す親の必死な想いは、「放射能汚染」によってかき消されてしまったのです。  誰にも理解されないことで苦悩を抱えた木村さん。「知らない」ということが、人をこんなにも傷つけることに、私は大きな衝撃を受けました。私も当事者だったのです。

 津波と原発事故という他県とは異なる特殊な状況の中で失われた命。原発事故がなければ助けられた命があったかもしれない、遺体を見つけ出してあげることができたかもしれない。そんな想いを抱えながら、福島の遺族の方々は、今ある命と失われた命に向き合い続けています。 南相馬市に6年近く通い続け、遺族の方々に寄り添う笠井監督。「Life」を通じて笠井監督が伝えたいことは、福島の津波被害と遺族の想い、そして、「命」の尊さ、日常に当たり前にある幸せの大切さなのだと思います。

津波被災地に咲いた菜の花/福島県南相馬市(2013年5月) Ready forより

 東京電力の福島原発で働く社員もまた、被災している。このことも、私たちが知っておかなければならない事実です。原発事故対応に追われ自身の身内の葬儀にも参列できない。企業としては加害者であるが、個人としては被災者であることは間違いないのです。被災者、遺族に寄り添い続ける東電社員が沢山いることもまた事実です。登場人物のひとりである東京電力復興本社代表の石崎さんは、福島第二原発所長時代に「原発は安全である」と断言した自分を恥じていると話されていました。福島への責任を果たし続けるため、尽力し続けています。震災直後、流された家屋跡地の一つ一つにお線香をあげ続けていた社員の方や、上野さんと仲間が、津波が押し寄せた土地に作った菜の花迷路のボランティアとして参加している社員の方など、多くの方が個人の想いで行動しています。

 私たちの周りには、知らないことがまだまだ沢山あります。様々な課題は、知っているだけでは何も変わらないかもしれませんが、少なくとも、無関心でいるよりはマシだし、何事も、まずは知ることから始まります。たとえわずかな行動の変化でも、「微力は無力ではない」ことを信じ、恥ずかしがらずに、声をあげ、行動していきたい、と改めて感じました。

笠井千晶監督